628730000km

地球語話す木星人です 天体観測しに来てね

奇特な友人の話

木星人を名乗るぐらいなので当然変人なのですが、当然のようにそんな人間とは関わりたくないと思われるわけで。

 

近所の元友人は親同士のつながりで一緒にいましたが、中高では遠巻きにされ、全員地元を出たと同時に縁が切れました。

 

大学の同期は優しく、よく話しかけてくれたし変人さも個性として受け止めてくれたので孤独ではなかったのですが、それは人間関係を穏便にやっていこうという彼女たちの社会性のおかげであって、結局わたしに友人はいないように思っていました。

大学を卒業して散り散りになった後、わたしは家と職場の往復を続けたり夜逃げしようとして失敗したり転職したりとまず生きるのに精一杯だったので大学の同期について思い出すことすらありませんでした。

 

ですが社会人二年目に入った時、東京に行った大学の同期から突然個別ラインが入ってきました。

 

「元気?」

 

その子はクラスの一軍所属の、個別ラインなんて今までしていないような子でした。都会的で、そばかすが似合う韓国系のおしゃれな子です。サークルはハンドボール部で、いつも複数の友人と楽しげに一緒にいるのを見かけました。柳の様に何事も受け流す様に見えてフレキシブルな芯が一本通っているような、太刀打ちできないぐらい立派な人間性の子でした。

ついでに言えば、大学の頃のわたしの格好をおばさんくさい、ダサいと笑って言うような子でもありました。

(彼女の名誉のために訂正しておくとダサいのもおばさんくさいのも事実です。地味な格好でないと母がくどくど嫌味を言うのであえてそう言う服を選んでいました)

別にけちょんけちょんに言われても事実なので痛くも痒くもありません。それよりも貶す言葉が飛び出す彼女の口に塗られた赤いリップが本当によく似合っていたのを覚えています。

 

そんな彼女から突然メッセージが来たという状況が一瞬理解できませんでした。彼女には彼女によく似合う都会的で美しく可愛らしい友人なんていっぱいいるだろうに、なんでわたしに、と思いながら返信しました。

 

「元気だよ!ダメダメ教師やってる!突然どうしたの?」

 

(元気というのは真っ赤な嘘です。実際この時教師というブラック企業で働き頭のおかしい保護者のせいで精神を病んでいましたので元気じゃありませんでした)

 

「ふと思い出してさ。(私)って元気の塊だったからパワー欲しいなって」

 

「へー。何かあったの?」

 

「今東京で教師やってるんだけど、上司がキツくてさー」

 

「あー、そうなのか。心は平気?」

 

「受け流せてるからいいけど面倒」

 

「受け流すの上手そうだもんね」

 

「うん。でもなんかやだなーって。転職しようか迷ってる」

 

「そっか。あなたは生きるのうまそうだからどこでもやっていけそうだし、別の仕事でもいいかもね」

 

「そんなことないけど笑 めっちゃほめるじゃん笑」

 

「事実だし」

 

返信は返ってきませんでした。

同期の変人が気になって気まぐれで送っただけかあ、とすぐに忘れました。よくある事です、そういえばあの変人はどんな人生を送っているんだろうか、と怖いもの見たさで裏庭の大きな石を捲るような感覚です。

 

それから更に一年後、再びメッセージが来たのは夜逃げに失敗したわたしが転職をしたタイミングでした。新しい職場に慣れるために必死で、真っ暗な部屋で力尽きて横になっている時に来ました。また気まぐれか、と思いましたがなんとなくメッセージを開きました。

 

「元気か〜」

 

「元気じゃない 転職したばっかで疲れた」

 

「え!?転職したの?」

 

電気屋 エアコンつけてる」

 

「マジか!」

 

少し間を開けて追加でメッセージがきました。

 

「わたしいま東京から出て鹿児島にいる」

 

「へー!あなたも転職したの?」

 

「うん。仕事辞めてカフェでバイトしてたんだけど上司がクソすぎてキレて辞めた。今は無職」

 

ふいに脳裏に彼女のそばかすのある可愛らしい顔が微笑み、オシャレなカップに入ったコーヒーを運ぶ情景が思い浮かびました。きっとカフェにいた時彼女はさぞお洒落で馴染んでいたことでしょう。

 

「へー。お洒落だもんね、あなた。イメージ通りって感じ。まあすぐ次見つかるでしょ。あなたなんて引っ張りだこだろうし」

 

「そうか〜?(私)なんでも褒めてくれるじゃん」

 

「事実だよ」

 

淡々と返事をしました。ええ、事実です。社会に求められるのはわたしのような変人より彼女の様なおしゃれで可愛い世渡り上手です。彼女もそれを分かっていてわたしのような変人にわざわざメッセージを送ったのでしょう、無職でもダサいコイツよりはきっとマシだと確認するために。

 

「次何しようか迷ってるんだよね」

 

「やりたいことないの」

 

「あるけど、創作意欲だけがあって何したいか分からん」

 

あなたって服関係とかデザイン関係とか、何かを表現するのに向いてそうだよね。あなたのセンスはお洒落で好きだから何か作ったら連絡して。なんでもいいけど買いたい」

 

「えー?マジでなんでも褒めてくれるじゃん。元気出るわー」

 

「いいものは欲しいから。よろしく」

 

そこでスタンプを送って強引に話を切りました。疲れていたのです。

その時のわたしは彼女のことが好きかはよくわかりませんでしたが、彼女の作るものはきっと素敵だという確信だけはありました。

彼女はお洒落です。彼女がどこへ行こうと何をしていても何もしていなくてもその事実だけは揺るぎません。

だから別に彼女がわたしを見下していても画面の向こうの変人を面白がっていようとどうでも良かったのです。またいつかくる彼女の気まぐれを待とうと思いました。

 

彼女からの連絡が来たのは2年後でした。

 

「久しぶり」

 

その時ちょうどわたしは名古屋のお洒落なカフェの角の席で読書をしている時でした。エンドレス・ワールドという、三人の派遣たちが協力して巨大企業の悪事を暴く話です。本を一度閉じ、決して汚さないよう遠ざけた後コーヒーに手を伸ばしたタイミングでメッセージに気づきました。

 

「久しぶり。元気?」

 

「うん。今暇?」

 

「駅のカフェで本読んでる」

 

暇とは言いませんでした。周りから見たら暇そうに見えるかもしれませんが、わたしとしては本を読んでいて忙しかったので。

 

「駅ってどこ?」

 

名古屋駅

 

「マジか。私も名古屋にいるんだけど」

 

「マジ?」

 

「なんて名前のカフェに居る」

 

「⚪︎⚪︎ってカフェ」

 

「行くわ」

 

「マジで来るの?」

 

思わずそう送っても返信はありませんでした。

まさか来るとは。一体どれだけ暇なんでしょうか。

仕方なく本を閉じて彼女を待っていると、入り口から黒のTシャツにブルージーンズ、シンプルな黒のシューズという格好の、なんだか光を放っている人が入ってきました。

彼女です。

 

光を放っているというのはただの比喩ですが、それでも彼女の周りだけ映画のようにお洒落で、コーヒー豆の匂いに混じって謎の油のがするダサいカフェが急にパリの街角のカフェのように見えました。それはひとえに彼女がお洒落だというだけではないようでしたが、何故そう見えたか理由はよくわかりません。

彼女はわたしと目が合うと微笑んで駆け寄ってきました。足取りはそこまで軽やかではありません。

 

「久しぶり!元気だった!」

 

「久しぶり。まあまあかな。あなたは?」

 

「久しぶり!ってか“あなた”って!名前で呼びなよ!」

 

そう言われて困惑します。当然です。わたしたちは二人で会うような関係じゃなかったからです。名前を本当に呼んでもいいのか距離感を測りかねる訳です。

彼女はさっさとわたしの真向かいの席に座って、店員さんにミルクティーを頼みました。

 

「(私)痩せた?服もマシになったじゃん!」

 

「ストレスで痩せた。服はね、社会人になって自由になったから」

 

「何それ?」

 

「あー、女の子らしい格好すると親が嫌味言ってくるから着れなかったんだよね」

 

「マジか。やだねーそれ」

 

「そー。やっと自由になった」

 

深く考えず話してしまった重い話題を軽く流してくれる彼女に、やっぱりフレキシブル芯を持っている人間は違うとひっそり感心していると、彼女がふいにわたしの手元の本に視線を向けました。

 

「何?本読んでるの?」

 

「うん」

 

「話題の本とか?」

 

「ううん。古本屋で見かけてなんとなく買った」

 

「なんとなくって!(私)らしいね」

 

「そう?」

 

「そうだよ。面白い?」

 

「途中だけど面白い」

 

「そっか。当たりで良かったね

 

「え、別に面白くなくてもいいんだよ、こういうのは」

 

「え?」

 

その時ちょうどミルクティーが運ばれてきて彼女の前に置かれました。彼女は会釈と共に受け取ってミルクを注ぎます。わたしは深く考えずに話し続けました。

 

「流行とか話題の本って、大抵どんな中身とかどんなストーリーとか自然と情報が入ってきちゃうでしょ。大抵表紙も内容を予測しやすいデザインにしてあるし。まあそういう分かりやすい本だから流行るのかもしれないけど。わたしは中身が予測できないのが楽しいと思うタイプだからさ」

 

彼女の手元でミルクが茶色に溶けて混ざります。ゆっくりと、ティーカップの中身が今流行りのくすみベージュへと変わっていきます。お洒落なティーカップと流行りのベージュは流行りが好きな彼女によく似合いました。

彼女はそれを一口飲んで、少し考えてから言いました。

 

「なんかさー、今ので(私)のことがやっと少し分かった気がする」

 

「何が?」

 

「あのさ、さっき、親に嫌味言われるのが嫌で流行りの服着なかったって言ってたでしょ。私だったら絶対逆らうし、嫌味言われても着ると思ったんだ。なんで嫌味言われるぐらいで諦められたんだろう、言いなりでダサいままで、なんで平気だったんだろうと思った」

 

どうやら彼女から見てわたしは許し難いダサさだったようです。ファッションだけでなく生き様も含めて。あんなにけちょんけちょんに貶してきたのもそういう怒りからくるものだったと思うと腑に落ちたし、ならば貶されても尚傷つくこともせず彼女の赤いリップに見惚れてぼーっとしていたわたしにさぞ苛いただろうさえ思いました。

 

「へぇ」

 

そして今も、こうしてどうでもいいような返事をしています。実際どうでも良かったのですが。彼女はさぞ苛立つだろうと思ったけれど、彼女は小さく笑って言いました。

 

「でもそうじゃなかったんだ。(私)ってさ、心の底から流行とかどうでもよくて、ただそれが自分にないものをもたらしてくれるかどうかの方が大切なんでしょ。それで、自分にないものだ、価値があるって思ったことは絶対に意見を曲げないんでしょ」

 

「そうかな。よく分かんない」

 

「そうだよ。だって私のことお洒落だと思ってるんでしょ」

 

「うん」

 

「そういうところだよ。たとえわたしがなに言っても、どんなになっても、わたしがお洒落だっていう事実を変えるつもりないんでしょ」

 

そう言われて少し考えてみました。言われてみればそうとしか思えません。

 

「…………すごい、よくわかったね」

 

初めて、どうでもいい返事ではなく心からの感想を述べると、彼女は歯を見せて呆れた様に笑いました。

 

「ね、私ってどこらへんがお洒落なの?服?メイク?」

 

「分かんない。でもさっきもピカーって輝いて見えた」

 

「はぁ〜〜〜〜〜〜〜!?んな訳〜〜〜〜」

 

「事実だって。あなた自身がお洒落だし」

 

そう言ってコーヒーを飲みます。少し冷めたブラックコーヒーは苦味が増して美味しく感じます。少しの間コーヒーの苦味に気を取られていると、彼女が鞄から何かを取り出して机に乗せます。

 

「なにこれ」

 

「絵」

 

見たら分かります。うっすら黄色の紙に鉛筆で鳥の絵が描かれていました。桜文鳥でした。

 

「絵、描いてるの」

 

「へえ、かわいい」

 

「絵に関係する仕事しようと思ってて。なんでもいいんだけど」

 

「あなたに似合うね」

 

「本当?」

 

「うん」

 

「私今までそういう仕事したことないよ?」

 

「え、うん。でも似合うよ」

 

その時彼女は5秒ほど、なぜだかわたしをじっと見つめました。目をまっすぐ見るのは緊張するので目線を下げると、丁寧に塗られたオレンジ色のリップが目に入ります。私が塗ったらそういうゆるキャラっぽくなるだろう色も彼女が塗ればお洒落になるのだな、とボーッと見惚れていると、彼女がペシ、とわたしの額を軽く叩きました。

 

「え、なに」

 

「またその顔か〜って思って」

 

「その顔って?」

 

「何にも考えてない時の顔」

 

図星です。より正確に言えば、彼女の口紅のことは考えていたのでなにも考えていない訳ではなかったのですが、彼女からしたらなにも考えていないも同然です。

 

「逆に聞くけど、人と話す時そんな深く考えて会話しなくない?」

 

私がそう尋ねると、貴方らしいね、と苦笑いした彼女に言われました。

その後彼女の描いた文鳥の絵を改めて見て、可愛かったのでできれば売ってほしいとお願いしたところ友達からお金とか取らんし、と断られ、結局彼女の描いた文鳥はわたしの家にいます。よく目が合う気がします。

相変わらずメールは来るし、鹿児島の桜の写真を送ってきます。

それと、そういえばなんですが、どうやらわたしは彼女と友達だったらしいです。もっと早く教えてほしかったものです。